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東京高等裁判所 平成8年(う)1753号 判決 1999年3月01日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

第一  控訴趣意と答弁

本件控訴の趣意は、辞任前の主任弁護人東徹他七名の弁護人共同作成の控訴趣意書、主任弁護人西嶋勝彦他四名の弁護人共同作成の控訴趣意補充書及び弁論要旨(ただし、撤回した部分を除く)に、これに対する答弁は、検察官高橋信行作成の答弁書、同三浦正晴作成の補充答弁書及び弁論要旨にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

第二  事実誤認の論旨に対する判断

一  争点

1  原判決及び論旨の要点

原判決が認定した罪となるべき事実の要点は、被告人は、<1>C(以下Cという)及びB(以下Bという)と共謀の上、Cにおいて、コカイン七八・六九グラムを隠匿携帯してロスアンジェルス空港から航空機に搭乗し、平成五年七月九日、新東京国際空港に降り立って本邦にこれを持込んで麻薬を輸入するとともに、税関職員にこの事実を申告せずに輸入禁制品貨物である麻薬を輸入しようとしたが発見されたため目的を遂げず(麻薬及び向精神薬取締法、関税法違反)、<2>Cと共謀の上、昭和六二年三月一八日ころから平成四年一一月二五日ころまでの間の前後三〇回にわたり、自分らが使用するコカイン等の薬物購入代金に充てるため、業務上保管中の株式会社角川書店(以下角川書店という)の資金の中から合計三一〇四万二六一〇円をロスアンジェルス市のD(以下Dという)等の名義の口座にほしいままに振込送金して横領した(業務上横領)というものである。

これに対し、論旨の要点は、本件のコカインの輸入はCが金銭に窮して密売するため単独で行ったものであり、Dに対する送金はCが被告人の指示でDから得ていたハリウッド映画及び音楽等の情報の対価の支払いとして行っていたものであって被告人は無実であり、このことはCが当審で行った新証言等で明らかであるというのである。

2  原審における証拠の概要

原審が被告人を有罪とした決定的証拠は、Cの供述(証言及び司法警察員に対する供述調書)、Dのロスアンジェルス市において作成された宣誓供述書及びこれらを支える証拠物であるが、その内容を重要な事実関係の観点から整理すると次の四点になる。

<1> 昭和六二年三月から平成四年一一月までの間、三〇回にわたり、角川書店からDに対し合計三一〇四万二六一〇円が送金され、これに対応する形でCがDの許に出張している。これらは、角川書店の公表経理では、被告人の命令でCがDからハリウッド映画等の情報を得るためのものとされているが、実際には被告人の命令でDからコカインあるいはこれと大麻を購入して日本に持ち帰るためのものであって、現にCはコカイン等を持ち帰って被告人とBに渡していた。

<2> 平成四年六月、九月及び五年二月の三回にわたり、Cは、被告人の命令でDの許に出張し、その都度コカイン等をDから購入して被告人らに渡していた。この三回では、Cは、被告人から送金額に見合う程度の現金を渡され、これでコカイン等を購入しているが、それは当時Dに対する送金について警戒すべき社内事情等があったためと理解される。

<3> 本件のコカイン輸入の際には、Cは、平成五年六月三〇日に被告人からDの許に出張するよう命令され、七月二日に従前の送金額に見合う一二〇万円に経費分の一〇万円を加えた一三〇万円を受取り、Dから七八・六九グラムのコカインを購入し、これを両足の脹ら脛にビニールテープで巻いて隠匿した上、同月九日新東京国際空港の税関を通過しようとしたが、税関職員に発見されて現行犯逮捕された。

<4> 捜査中に行われた被告人の毛髪の鑑定の結果コカインが検出され、被告人とBが同居していたマンションからコカインが付着したスパイスミル、ストロー等が発見されている。また、被告人が大麻を摂取していたという証言もあり、被告人がコカイン等を摂取していた事実は動かし難い。

これに対し、被告人は、捜査段階から原審公判に至るまで事実を争い、Cに対しDからコカイン等を購入するよう命じたことはなく、<1>についてはDからハリウッド映画等の情報を得るための正当な送金と出張であり、<2>についてはCに出張を命令したことはないしCが出張したことも知らず、本件の<3>についても同様であり、そのころCに生活費の援助のため一〇〇万円を渡したのみであると供述していた。

3  当審における新証拠の概要

Cは、当審において原審の証言を覆して従前の被告人の供述に沿う新証言をし、真実のところ被告人からコカイン等の密輸を命じられたことはなく、Dの許への出張はハリウッド映画等の情報を得るためのものであり、出張の際にDから大量のコカイン等を購入したのは右の<3>にあたる今回が初めてで、金銭に窮したところからコカインを密輸して利益を得ようとしたものであり、原審での証言は自分の刑が軽くなることを期待してのものであったが、自責の念から真実を告白する気持ちになったと証言した。

また、当審で新たに選任された弁護人がDから供述を得て、従前の宣誓供述書を補正する趣旨を含む供述書が提出された。

4  当審における新証拠の評価方法

当審の課題は、Cの新証言を加えた証拠構造の下での正当な事実を確定することである。そのため、原判決を支える前記の四点の重要事実を再検討し、動かすことのできない部分を明らかにした上、それとの対比でCの原審証言と新証言、Dの宣誓供述書等及び被告人の供述を中心に証拠の信用性を検討することとした。

二  三〇回にわたるDへの送金及び訪問との関係

1  動かし難い事実と争点

昭和六二年三月から平成四年一一月までの間に、三〇回にわたり、角川書店からロスアンジェルス市のDに合計三一〇四万二六一〇円が銀行振込送金されている。すなわち、昭和六二年に六回(三、五、七、九、一〇、一二の各月)、昭和六三年に六回(二、四、六、九、一〇、一二の各月)、平成元年に六回(二、四、六、七、一〇、一二の各月)、平成二年に六回(二、四、六、七、九、一二の各月)、平成三年に四回(三、五、七、一二の各月)、平成四年に二回(一、一一の各月)であり、各月の送金額は、昭和六二年中はドルによる送金で六八万五二〇〇円から九九万三八五〇円までのまちまちの金額、昭和六三年以降は円による送金で平成二年二月までは一〇〇万円、平成二年四月は一三〇万円、平成二年六月以降は一二〇万円であり、角川書店の公表経理ではDからハリウッド映画等の情報を得るための送金とされていた。また、この各送金の直後ころにCが角川書店の業務による出張の形でDの許を訪れている。これらの送金及び出張については、被告人が命令又は了承をしていた。被告人も、以上の事実については争っていない。

争いがあるのは、このようなDへの送金及び訪問が、ハリウッド映画等の情報を得るための報酬であったとするCの当審における新証言及び被告人の従前からの供述と結びつくのか、それとも、コカイン等を購入するためのものであったとするCの原審証言及びDの宣誓供述書と結びつくのか、という点である。

2  Dから得た情報の内容

そこで、まず、Dからいかなる情報を得ていたかについての関係者の供述を検討すると、次のとおりである。

被告人は、逮捕直後に作成された検察官調書において、Dに対する送金はハリウッド映画等の情報を得るための報酬であるから自分は無実であると主張する一方、情報の内容は企業秘密に属するのでいえないと供述し、その後の検察官調書においても、情報の中身について今まで何度も検察官から尋ねられたが企業秘密に属するのでいいたくないと供述する一方、検察官から時の経過で企業秘密でなくなったものもあるのではないかと問われ、確かにそうしたものもあるが過去のことはすべて忘れてしまったと供述している。また、被告人は、原審公判廷において、ロボット映画、恐竜映画、女性映画等を例に挙げながらハリウッド映画の制作者側の企画や観客側のニーズに関する情報を得ており、有益な情報と感じていたと供述し、当審においても、ほぼ同旨の供述をしているが、ほとんど隔月にCを渡米させ、少なからぬ報酬を支払って得ていたはずの情報について、それ以上に具体性のある供述をしていない。

Cの当審における新証言も、右と同旨であって、スターウォーズのカット割りの秒数が黒沢明監督の作品のそれと同じと聞いて驚いたと供述する点がほとんど唯一の具体的な指摘である。

他方、Cの原審証言は、Dへの送金及び訪問はコカイン等の購入のためであり、ハリウッド映画等の情報のためというのは名目に過ぎなかったと明確に供述するとともに、話の中でDからハリウッド映画のことを聞いたことはあるが、Dのその点の情報は一般市民が興味を持っている程度であって、黒沢作品等の興味を持っている部分では多少詳しいものの仕事に生かせるほどの内容ではなかったし、専門的な情報はカドカワプロダクションUSから得られたと供述している。

また、Dは、宣誓供述書において、Cや角川書店から音楽、映画等の情報提供を依頼されたことも、いかなる形態のコンサルタント契約を角川書店やその関係会社との間で締結したことも、それらの仕事の報酬を受取ったこともないと供述している。Dは、また、本件コカインの密輸入の共犯者として起訴されたBの弁護人から事情聴取された際に作成した供述書(平成七年四月二二日付け)において、宣誓供述書に目を通した上で補正を要する点を具体的に指摘しているが、以上の点については全く補正をしていない。Dは、さらに、被告人の現在の弁護人から事情聴取された際に作成した供述書において、Cの当審における新証言を知った上、従前の供述を補正する点を指摘しているが、以上の点については、Cが当地の映画関係の本や雑誌に出ている話を興味をもって聞いていたと供述するにとどまり、被告人の供述やCの新証言に沿うような供述はしていない。

以上の供述を比較検討すると、被告人の供述及びCの新証言は、三〇回もCを渡米させ、三〇〇〇万円以上の報酬を支払ったという情報の内容としてはあまりにも具体性に乏しいというほかはなく、ハリウッド映画等の情報収集のためであったというのは名目であったというCの原審証言の信用性を強く裏付けるとともに、Dのハリウッド映画等の情報なるものはその当審段階における供述書がいうようにロスアンジェルスの映画関係の本や雑誌に出ている話の程度であったことを強く推認させるものというほかはない。

3  Dの情報源としての価値

次に、Dが角川書店からの送金に見合うようなハリウッド映画等の情報源であり得たのか否かを検討すると、同人が音楽関係の仕事に従事していた者であって映画関係の仕事に従事していた者でないことには争いがないが、被告人はそれにもかかわらず情報源として有益であったと主張している。

すなわち、被告人は、捜査段階の検察官調書において、Dに報酬を払って情報を得るようになった経緯について、Cからハリウッド映画や音楽に詳しい人がいるので報酬を払って情報を提供してもらったらどうかと進言されて決めたことであり、実際に得た情報が自分の判断では有益であったので報酬の支払いを続けたと供述し、その後もこれを維持している。しかし、それ以上にDが情報源としてふさわしい者であることの具体的な検討をしたとは供述していない。

また、Cは、当審の新証言において、Dは音楽家であるが、雑談でしていた映画の話を被告人に伝えたとき、被告人が大変興味をもち、プロでない者のそうした話をもっと聞きたいといったことからDからの情報収集が始まり、Dが他から情報を聞き出すのに費用がかかるということから本件の送金が始まったと供述している。

これに対し、Cは、その原審証言において、前述のとおりDが本件のような報酬を支払って得るような情報源ではなかったと明確に供述している。

また、Dは、宣誓供述書において、自分は当地のテレビ、ラジオのためにコマーシャルソングの作曲をしたり、音楽のコーディネートの仕事をしており、角川書店又はその事業とは一切関係がなく、その報酬として送金を受けたことはないと明確に供述し、その当審段階の供述書においても、前述のとおりCに対し本や雑誌に出ている程度の話をしたにとどまることを供述している。

以上の点からみると、Dは、ハリウッド映画等の情報源として三〇〇〇万円を超える報酬を支払い、しかも、Cがほとんど隔月に渡米するような実質を備えた人物であったとはいえないと判断するのが相当であって、そのことは被告人の供述及びCの新証言の信用性を著しく損なうものというべきである。

4  Dからの情報収集途絶の理由

Cは、原審証言において、右の三〇回と本件のコカイン等の密輸のほかにも、平成四年六月、九月及び五年二月の三回にわたり、被告人から現金を渡されてDの許に出張し、コカイン等を購入して被告人らに渡したと供述しているが、被告人は、その事実はないし、Cが渡米したことも知らなかったと供述している。

この三回の渡米についてはこの後に検討するが、平成四年一月まではほぼ隔月ごとに情報収集を行い、そうすることが是非必要であったと供述する被告人が、平成四年一月の二九回目から同年一一月の三〇回目までに相当の間隔が開き、それ以後は情報収集を行っていないことについて納得のいく説明をせず、当審に至っても、仕事が忙しくなったのでロスアンジェルスにはしばらく行かなくてよいと指示したと述べるにとどまることは、重視すべきである。

また、Cが、当審の新証言において、被告人から現金を渡されてDからコカイン等を買ってきたことはないと供述しながらも、右の三回の渡米の目的や被告人の関与について明確な供述をすることができず、Dからの情報収集を途絶した明確な理由を供述していないことも、その信用性を判断する上で重視すべきである。

三  本件以前の三回のDへの訪問との関係

1  動かし難い事実と争点

Cは、平成四年六月、同年九月及び平成五年二月の三回、ロスアンジェルスに角川書店の経費で出張し、Dと会っている。

被告人は、その事実は知らなかったと供述しているが、証拠上は動かし難いところであって、争いがあるのは、Cの訪問の目的及びこれと被告人の係わりいかんである。

2  CのD訪問についての被告人の認識

そこで、Cの三回のD訪問を被告人が知っていたか否かについてまず検討する。

Cは、この三回の渡米については、前記の三〇回の渡米の場合と異なり、角川書店内の出張手続やDへの送金手続をしていないが、Cを含めて角川書店で通常利用している旅行会社を通して航空券とホテルを予約し、その費用を角川書店の経理部に支払わせている。また、出張日は、一回目が六月一一日から一四日まで、二回目が九月一五日から一八日まで、三回目が二月六日から九日までであって、被告人の近くで仕えていたCが被告人に無断で渡米をしていたとは考えられず、現に被告人は、自分に無断で海外出張することは考えられないと供述している。

また、Cは、当審の新証言において、被告人からコカイン等の購入を命じられてこの三回の渡米をしたという原審証言を覆してはいるが、一回目の渡米について、五月末からニューヨークに行く被告人とBに同行するよういわれていたところ、五月二九日に娘のEがトラックに跳ねられて入院したため同行できず、六月四日に帰国した被告人から、引き続いて同行する予定だったスペインにも行かなくてよいといわれたが、ロスアンジェルスについてはどうなのかと尋ねられたので、娘の容態が安定したので行くと答えて出張したと供述し、そのほか平成四年に被告人からDの許に出張して恐竜映画の情報を得て欲しいといわれ、情報の報酬に当てるための現金一二〇万円を受取ったことがあると供述している。

さらに、Cが三回目の平成五年二月の渡米の際にロスアンジェルスで購入したアメリカ製のポルノビデオ二巻と同じ内容のものが同年九月四日B宅の捜索で発見押収されている。ちなみに、Cが渡米した際にポルノビデオをB宅に届けることがあったことは、証拠上明白である。

以上の事実を総合すると、渡米の目的についてはともかく、被告人がこの三回のCの渡米自体を了承していなかったとは到底認められない。

3  CのD訪問の目的

それでは、Cの三回のD訪問の目的は何であったのか。

Cは、捜査段階において、いずれの場合もDから現金でコカイン等を購入するためであったと明確に供述し、従前の送金を現金に変えた理由として、被告人とその実弟で角川書店の経理担当の専務であった角川歴彦とがどういう訳か平成四年の春ころから対立を深めて経理面でのチェックが厳しくなっていたので、被告人から直接聞いてはいないがそう判断したと供述し、その判断を支える事情として、歴彦が退社した後である同年一一月の三〇回目のDへの送金の際被告人からもう大丈夫だから出金伝票を書くようにといわれて送金手続をとった事実があることを挙げていた。Cは、原審証言においても、これと同旨の供述をし、渡米について社内の出張手続をとらなかった理由について、当時被告人が歴彦と対立していたことで自分が被告人の命令でDの許に出張することを表沙汰にできなかったためであると思うと供述し、歴彦が退社した後の平成五年二月の三回目のD訪問の際に再び正式な送金と出張手続をとらないことになった理由として、当時角川書店の現地法人であるカドカワプロダクションUSの現地責任者菅原比呂志が被告人と係争中であり、被告人のコカイン使用を警察に通報しているという情報があったので、被告人が警戒したためではないかと思ったと供述している。角川歴彦が当時被告人と対立して平成四年九月一八日に角川書店の取締役を辞任し、菅原比呂志が当時金銭問題で被告人から懲戒解雇処分を受けて裁判で争っていたことは、被告人も認めている事実であるから、Cの右の説明には納得できるものがある。

これに対し、Cは、当審の新証言において、いずれの場合も被告人の指示によってコカイン等の購入のために渡米したわけではないと供述して原審証言を覆したものの、供述の内容は一貫しておらず、何の目的で渡米したかについても明確な供述をしていない。すなわち、Cは、当初はいずれの渡米も情報収集の目的ではなかったと供述していながら、後に一回目の渡米は被告人の指示によるものであり、一回目か二回目かは被告人からスピルバーグの恐竜に関する情報を大至急得て来て欲しいといわれたためであると供述を変え、また、平成四年中に情報収集の目的で渡米したことがもう一度あったかもしれないと供述を変えたが、その情報の中身については全く述べていない。また、三回目のD訪問は、情報収集の目的のほか、自分で密売するためのコカインを入手したいと思ってしたことであるが、事前にDにコカイン入手の依頼はせず、結局はDからコカインを入手できなかったというのであり、更に、Dから情報を収集してきて被告人に出張の事後承諾をもらうつもりであったとも供述するものの、帰国後被告人に報告したか否かについては記憶にないというのである。その上、前記のとおり一回目の渡米の直前子供が交通事故で入院したためニューヨークとスペインに外遊する被告人への同行を免除されたが、ロスアンジェルスについてはどうなのかと尋ねられて行くことにしたと供述するものの、渡米の理由としては、サンタマリア号のアルバム制作に関する写真をロスアンジェルスまで届ける必要があったと供述するのみであって、敢えて渡米する必要があったことの理由としては甚だ薄弱である。Cは、原審証言においては、その理由について被告人からコカイン等の購入のためロスアンジェルスにだけは行って欲しいといわれたのでやむなく承知したと納得のいく供述をしていたのであるから、これを覆した当審の新証言において十分な説明ができないことはその信用性を著しく損なうものというほかはない。

このように、Cの新証言は、重要な部分において変遷して原審証言の方向に戻っているばかりか、原審証言を覆す部分の内容が極めて不自然であるから、その信用性は極めて低いといわざるを得ない。他面、被告人がCへの指示を否定している平成四年の一回ないし二回の渡米について、結局は被告人の指示でDから情報を得るためにしたものであったと供述したことは、原審証言の信用性を高める重要な証左である。結局、Cは、これら三回の渡米のいずれにおいても角川書店の経費で渡米し、事前にDと電話連絡をとり、次に判示するように多額の現金を携えていたという明白な事実と直面し、これとの矛盾を避けるため被告人の供述と矛盾する供述をせざるを得なかったものと解するのが相当である。

4  Cが持参した現金

次に、Cが渡米時に持参した現金に関するCの原審及び当審における各証言を比較検討する。

Cは、一回目の渡米の出発直前である平成四年六月一〇日に三和銀行本郷支店で五二万二四〇〇円を四〇〇〇ドルに両替し、二回目の渡米の直前である同年九月一五日に東京銀行成田空港支店で約一一〇万円を八六四七ドルに両替し、三回目の渡米の直前である平成五年二月六日に東海銀行成田空港出張所で一一〇万円を八六二四ドルに両替している。後の二回の金額は、前記の三〇回のDへの送金額にほぼ匹敵する額である。

Cは、捜査段階において、いずれの場合も被告人からコカイン等の購入資金と経費を合計一三〇万円受取ったと供述し、原審証言においても、おおむねこれを維持し、二回目の金額は記憶が明確でないが一回目と三回目は経費込みで一三〇万円であったと供述しているが、右の両替の事実はこの証言とよく符号している。

ところが、Cは、当審の新証言において、当初は現金を携えてDの許へ情報収集のために訪問したことはないと供述しながら、後には平成四年の二回の渡米のうちの一回は被告人から早急にDの情報を得たいといわれて現金一二〇万円を渡されていると供述している。また、Cは、当初は平成五年二月の三回目の渡米の際友人から三〇万円を借りて手持の金を併せて持っていったと供述していたのに、右の両替金額を示す客観的な資料を示されると、被告人から生活費の補助として貰った一〇〇万円を持っていったのかもしれないと供述を変えている。また、平成四年の渡米のうちのどちらかの際被告人から現金を渡されているが、それはカドカワプロダクションUSに届けるための現金であったのかもしれないと供述するが、なぜCが現金を届けるため渡米する必要があったのかについて明確な説明がない。

このように、Cが持参した現金を巡る池田の新証言は、動揺しているばかりか、当然納得のいく説明をすべき事項について説明ができておらず、信用性に乏しく、原審証言の信用性を裏付ける結果となっている。

四  本件のDへの訪問との関係

1  動かし難い事実と争点

Cは、平成五年七月六日渡米してDから七八・六九グラムのコカインを購入し、同月九日に帰国してコカインを両足の脹ら脛にビニールテープで巻いて隠匿したまま税関を通過しようとしたが、税関職員に発見されて現行犯逮捕された。以上の事実については被告人も争っていない。

争いがあるのは、以前と同様に被告人の指示に基づく行動であったというCの原審証言と、自ら密売して利益を得る目的で被告人に無断で渡米し、今回初めてDから大量のコカインを購入したというCの当審における新証言のいずれに信用性があるのかである。

2  CからDへの事前の連絡

Cが勤務していた部屋からロスアンジェルスのD宅に、平成五年七月二日一四時五分から三六秒間、同月四日一三時四五分から三六秒間、同日一六時二六分から四八秒間それぞれ電話がかけられている。

Cは、当審の新証言において、最初に電話をかけたときは留守番電話であり、後にかけたときに本人とつながり、コカインを大量に欲しいといってDから入手に努める旨の返事を得たが、入手目的等は尋ねられなかったと供述している。しかし、初めてのことであるというのに、このような短い通話時間内でDからコカインを大量に購入する約束を取り付けることができ、Dから質問もなかったというのは、甚だ理解し難い事態である。

これに対し、従前と同じようにコカインを欲しいと言って渡米日を知らせたというCの原審証言によれば、右の短い通話時間においても十分に用を足せたと考えられる。また、Cは、当審の新証言においても、Dに送金してわずかな量の自分用のコカインをDから郵送してもらったことはあるが、Dから自分用のコカインを購入して持ち帰ったことはこれまでなく、大量にDから送付してもらったこともないと明言している。そうすると、Cの当審の新証言にいう事態はDにとっても初めてのことであるはずなのに、Dの宣誓供述書及び二通の供述書には、そのような事態の証左となる供述はない。

3  Cが持参した現金の額

Cが平成五年七月二日に被告人から現金を渡された事実は争いがないが、Cの原審証言によると、それはコカインの購入資金であって金額は経費込みで一三〇万円であったというのに対し、Cの当審の新証言及び被告人の供述によると、生活費の補助として被告人がCに渡したものであって、金額は一〇〇万円であったというのであり、両者の供述が対立している。

検討すると、Cは、渡米前に一一〇万円をドルに両替してDからコカインを購入し、帰国して逮捕された際、自己の財布の中に五万円余り、二つの封筒の中に二五万円と一三万円の現金をそれぞれ所持していたのであるから、Cが渡米時に持っていた現金は一五三万円を超える額であったことになる。

そして、Cの原審証言によると、被告人から渡された一三〇万円にCが六月中に銀行預金を解約して得た約二四万円を加えたものを持参したというのであり、解約の事実は証拠によって裏付けられているから、右の供述は、証拠上認められる渡米時の所持金額と符号している。

これに対し、Cの当審の新証言によると、被告人から渡された金額及び右解約分の合計一二四万円のほか、通勤定期を解約したり、以前会社から借入れて残っていた分の三〇万円以上を加えて持参したというのであるが、後の点を裏付ける証拠が存在しないばかりか、当時極度に金銭に窮していたというCがこれだけの現金を費消せずにとっておいたというのも不自然である。

4  Cが所持していた新札の金額

Cが逮捕時に所持していた二つの封筒の中の一万円札はいずれも新札であって、二五枚の記番号はRX五五九五七六からRX五五九六〇〇までと連続しており、他の一三枚中八枚もRX五五九五六八からRX五五九五七五までと連続しており、残りの五枚も中間に一番欠落してRY〇五一〇一五からRY〇五一〇二〇までと連続していた。そうすると、Cは、逮捕時に二種類の記番号がついた連続した新札を所持していたことになる。

このように記番号が連続した新札は、銀行から渡される帯封付き札束以外には入手することが極めて困難であると認められるところ、被告人は、角川書店の経理部員が一〇〇万円ずつの帯封がついた束で銀行から下ろしてきた二束のうちの一方をCに渡したというのであるが、Cが逮捕時に二種類の記番号がついた新札を所持していたことからすると、その現金は、右の二つの札束の中から渡されたことになり、その金額は一〇〇万円を超えていたと考えるのが合理的である。

そうすると、Cの原審証言はこれと符号し、被告人の供述及びCの当審の新証言はこれと矛盾することになる。

5  明日香宮大祭へのCの欠席

Cは、平成五年七月六日と七日に明日香宮大祭への出席を予定していたが、本件の渡米のためにこれを欠席した。

この大祭は、被告人が主催する明日香宮の重要な行事であって、神道に傾倒していた被告人が極めて重要視していたものであり、Cも被告人の側近としてこれに欠かさず参加してきた。しかるに、Cの当審証言及び被告人の供述によると、Cは、大祭を欠席したばかりか、被告人に無断で敢えてこの時期に渡米をしたことになる。もっとも、秘書とBには欠席の連絡をしたというのであるが、それだけでCがこのような行動に出たとは考え難く、被告人の命令ないしは了解があったと考えて初めて理解ができるというべきである。

五  被告人のコカイン又は大麻の使用歴との関係

1  動かし難い事実と争点

捜査中に押収された被告人の毛髪からコカインが検出されている。また、被告人が長年Bと同居していたB宅からコカインが付着したスパイスミル(グラインダー)、茶色小瓶とストローが押収されている。このスパイスミルと小瓶は、CがBのためにアメリカで購入したものと同様のものである。

これに対し、被告人は、コカインも大麻も摂取したことはないと供述しており、その真偽が争点となっている。なお、論旨が右の押収物又はその鑑定書についての証拠能力を争う点が理由のないことは後に判示するとおりである。

2  検討

被告人がコカインを摂取していた事実は、その毛髪からコカインが検出されていることからみて明白である。しかも、被告人のかつての同棲相手であったFは、原審証言において、被告人と一緒に大麻を摂取したことがあると供述し、また、Bは、原審の証言において、自分はコカインも大麻も摂取したことがあると認め、被告人がコカインや大麻を摂取していたか否かについては供述を拒んでいる。こうした証拠にB宅からの押収物を総合すると、Cの原審証言によるまでもなく、被告人がコカインも大麻も摂取したことがないと供述しているのは、虚偽というほかはない。

六  総括

1  総括の方法

これまでは原判決の認定を支える四つの重要な事実関係に即し、動かし難い証拠と対比しながら、被告人、C及びDの各供述の信用性を検討してきたが、以下においては、これらの各供述に即し、これまでの検討を集約しつつ、その信用性をさらに検討し、論旨に対する結論を示すことにする。

2  被告人の供述の信用性

被告人の供述は、先にも要約したとおり、Dに対する三〇回の送金とCの訪問はハリウッド映画等の情報を得るためであり、送金を伴わない合計四回のCの渡米は自分の知らないうちにCが勝手にしたことであり、自分はこれまでコカインも大麻も摂取したことはないというのであった。

この供述は、三〇回の送金とCの渡米については出張申請書、海外送金伝票等によって否定すべくもないのに対し、その余の四回のCの渡米はこれらの書類がなく、また逮捕当時から自らコカイン等の摂取を否定していたことを前提とする限りでは、一見矛盾のないような内容となっている。しかしながら、この供述は、これまで検討したとおり、他の動かし難い事実との間に顕著な矛盾を生じており、全体として極めて信用性に乏しいものになっている。

例えば、三〇回の送金とCの渡米についてみると、被告人は、合計三〇〇〇万円を超える三〇回の送金の目的がハリウッド映画等の情報を得るためであったと供述しながら、得ていた情報の内容については、捜査段階から企業秘密であるとか、忘れたとか供述して具体的に供述せず、原審以降も抽象的に恐竜映画等の情報であったと供述するにとどまっている。また、被告人は、Dが音楽家であってハリウッド音楽の情報を得ることも目的に含まれていたことを数度にわたり強調しているが、その点で得た情報の具体的な内容については供述するところがない。また、昭和六二年以降ほぼ隔月にDに宛てて送金させたばかりか、Cを渡米させたことについて、そうすることが新鮮な情報を得るために必要であったと供述しながら、被告人の供述によると平成四年以降はその一月と一一月を除いてDへの送金も訪問も行わせていないことになるのに、その理由については具体的に供述するところがない。被告人の供述が真実であればこれらの点について説得力のある説明ができないはずはないのであって、この供述はそれ自体で信用性を著しく損なっている。被告人は、Cの口から聞く何気ない情報が自分の感性で貴重なものになるとも供述しているが、これも、コカインの密輸と業務上横領の刑事責任を問われている者の説明として、あまりにも迫力に欠けるというほかはない。

また、送金を伴わない三回のCの渡米についても、Cの当審の新証言が被告人の命令で被告人から現金を受け取ってDの許に渡米したと認めている場合についてまでこれを否定し、かつ、側近のCの三回もの渡米の事実を知らなかったと供述するなど、その合理性の欠如は顕著である。

さらに、今回Cが現行犯逮捕された際の渡米については、Cが大祭を欠席してまで渡米をしているのに知らなかったと供述し、被告人自身がその直前Cを二度呼んで多額の現金を渡していた事実が角川書店関係者の供述等で明らかとなった点については、生活費を援助する現金を渡すためであり、最初はその予告のためにCを呼び、二度目は現金を渡すために呼んだと苦しい説明をし、かつ、Cに渡した現金の額については、実際には一〇〇万円を超える額の新札がCに渡っていると認められるのに、Cに渡したのは一〇〇万円の束であったと供述するなど、その供述は信用性に乏しい。

被告人がコカイン等を摂取したことはないと供述する点も、明らかに虚偽というほかはない。

3  Cの当審における新証言の信用性

Cの当審における新証言は、先に要約したとおり、Dの許への送金と出張はハリウッド映画等の情報を得るためであったとする点で被告人の供述に沿う内容となっているが、送金を伴わない三回の渡米については被告人の供述と部分的に異なる内容となっており、今回逮捕された際の渡米についてはコカインを自分で密輸して利益を得るためであったと独自の内容となっている。しかしながら、この供述は、これまで検討したとおり、被告人の供述に沿う部分については、被告人の供述と同様に動かし難い証拠との間に顕著な矛盾を呈しており、その矛盾の程度は被告人の供述以上であるといってよい。

すなわち、Cは、自ら渡米してDからハリウッド映画等の情報を得て口頭で被告人に伝え、それを有益と感じた被告人から隔月ごとに渡米を命じられていたというのに、その内容を具体的に供述できなかった。

また、Cは、その余の合計四回のDの許への渡米につき、角川書店の経費で出張し又は出張するつもりであったのに、当初は被告人に命じられたことも了承を得たこともないと供述し、後にはそのうちの一回か二回はDから従前同様の情報を得るためであって、被告人から現金を受け取って渡米したと供述するなど一貫していない。そればかりか、送金をしなかった理由について送金が間に合わなかったと被告人に言われたためであると供述するが、他方ではDは報酬の前払いを受けなければ情報を提供しないような男ではないと強調し、一貫していない。渡米の目的についても供述は具体性を欠き、特に一回目の平成四年六月の渡米について、被告人の指示によるものであったと認め、しかも、その直前娘が交通事故で入院したため予定された他の外国出張は免除されたというのにロスアンジェルスにだけは出張したことを認めながら、その際の用務について明確な説明ができなかった。さらに、現行犯逮捕された際の渡米についても、被告人の供述を前提にした説明をしようとして、動かし難い証拠と矛盾する供述内容となっている。結局、これらの部分の供述は、自ら直接関与した動かない状況と被告人の供述との矛盾を調整する必要に迫られたためであろうか、極めて首尾一貫しない内容になっている。

4  Cの原審証言の信用性

Cの原審証言は、三〇回の送金と渡米は被告人の命によりDからコカイン等を購入して密輸するためであり、その都度被告人又はBに届けており、その余の四回の渡米も同じ趣旨で被告人の命により行ったもので、先の三回では成功したが、今回は発覚したことを骨子とするものであって、極めて詳細かつ具体的であり、日常業務としてCが記載していた卓上日記、卓上カレンダーその他の証拠物と符合しており、反対尋問にも揺らいでいなかった。そればかりか、これまで指摘した動かし難い証拠と矛盾する点は皆無といってよい。

所論は、この供述には多くの疑問点があると主張するが、それらは動かし難い証拠と対比した上での主張ではない。そればかりか、その供述は、所論にかかわらず十分に納得のいく内容である。所論が強調するいくつかの点について触れると、所論は、Cが現行犯逮捕された今回の渡米の際、往きのロスアンジェルス空港でコカインの付着したスパイスミルと小瓶が発見されて罰金を科せられたのに渡米を命じたという被告人に連絡しなかったのは不自然であるというが、Cの原審証言によると、Dからアメリカでは抜打ち検査が時々行われると聞いたので、被告人に心配をかけないため連絡をしなかったというのであって、決して不自然とはいえない。また、所論は、Cは従前はカメラバッグにコカイン等を隠して密輸していたというのに、今回は特に不安を感じて両足の脹ら脛にテープで巻いて密輸をしようとしたのは不自然であり、Cの新証言にいうとおり今回初めて多量のコカインを密輸しようとしたと考えなければ納得がいかないと主張するが、被告人に命じられて渡米したためその命に従わなければならず、他方、往きに検挙されたため従前以上に警戒をしなければならなかったため、隠匿の方法を厳重にしたというCの原審証言の方がむしろ自然といい得るであろう。さらに、所論は、CはDの許に出張する際しばしば家族を同伴しているが、違法な薬物を密輸していたとすれば家族の前で逮捕される危険を冒したことになり、不自然であるというが、そうすることが検挙される危険を増すことにはならないのであるから、その機会に角川書店の出張旅費の範囲内で家族サービスをしようと思ったというCの原審供述に不自然なところがあるとはいえない。

5  Dの供述の信用性

Dは、三度にわたり質問を受けて供述書を作成しているが、それらの供述を通じる内容は、Cの原審供述とほぼ同旨であって、Cの新証言を支持するものではない。

すなわち、Dは、検察官から質問を受けた際の宣誓供述書において、角川書店に情報を提供することで報酬を受けたことはなく、何度となく受けた送金はコカイン等を入手してCがボスの被告人に渡す資金として使ったものであり、Cから事前に国際電話で渡米するとの連絡を受けるとコカイン等を購入してCに渡しており、Cが逮捕された今回も同様であったが、コカインをできるだけ多く欲しいと連絡を受けたことが印象的であったというのである。

Dは、Bの弁護人の質問を受けた際に作成した供述書において、宣誓供述書を修正する点として、前にボスの被告人にコカイン等を渡すとCが言っていたように供述したのは不正確で、単にボスの話題が出ていたことに言及したつもりであったこと、コカイン等を希望する量だけ入手するのは困難で、コカインをできるだけ多く欲しいと言われたのも単なる希望であって、前にも同様の希望はあったこと、Cが逮捕された後に自宅が家宅捜索されたが、それまではマークされているという気配は感じなかったことなどを指摘しているが、宣誓供述書を基本的に変更していない。

Dは、被告人の現在の弁護人の質問を受けた際に作成した供述書において、Cの当審における新証言を知った上、従前の供述を修正する点として、ロスアンジェルスでも七〇〇〇ドルとか九〇〇〇ドルとかの多量のコカインを買うことは困難で危険なことであり、送金に見合う多量のコカインを毎度入手できたわけではなく、三オンスものコカインを入手したのは今回が初めてであること、送金を受けた金の一部を使ってCに渡すコカインを買ったのは事実であるが、そのほか自分の生活費やコカイン代にあてたり、Cに渡したりしていたこと、送金の一部でコカインを買っていたという意味ではコカインの購入資金であるが、送金から手数料を引いたものがコカイン入手代金であったというわけではなく、Cからも手に入るときにコカインをいくらでもいいから買っておいて欲しいといわれていたこと、当時の自分はコカイン漬で送金の目的を考える余裕もなかったので、コカインの代金として送金を受けていたという意識はなかったことなどを指摘しているが、送金されたものを資金としてコカインを買ってCに渡していたという根幹の事実はこれを維持し、送金が角川書店に情報を提供する報酬であったとするCの新証言を認めていない。

このように、Dは、二度にわたって弁護人から質問を受けながら、自身にとっても不利益な事実であるコカイン等の継続的な仲介の事実を否定せず、宣誓供述書の基本的な部分を維持しているのであるから、その供述の信用性は極めて高く、Cの原審証言等と相まって原判決の認定事実を認めるに十分なものというべきである。

6  結論

以上の次第であって、Cの当審における新証言その他の新証拠を加えて証拠を検討しても、原判決の認定事実を覆すべき根拠を発見することはできず、その事実は証明十分と認められる。なお、業務上横領の事実に関し、送金した角川書店の金員について被告人に占有の事実がなかったとする論旨は、被告人の代表取締役としての職務に照らして理由がなく、その他論旨をすべて検討しても原判決を破棄すべき理由を見いだすことができない。

第三  訴訟手続の法令違反の論旨に対する判断

一  争点

論旨は、Dの宣誓供述書等の証拠には証拠能力がないのに、あると認めて証拠として採用した原審の措置は、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反にあたるというのである。

二  Dの宣誓供述書

1  根拠法令

所論は、Dの宣誓供述書は公証人の面前で宣誓したという認証文言を欠いている点でカリフォルニア州法に違反する不適法な文書であるから、刑訴法三二一条一項三号により証拠能力を認めることはできないと主張する。

しかしながら、この宣誓供述書は、日本からアメリカ合衆国への捜査共助の要請に基づき合衆国法典二八篇一七八二条及び一七四六条に従って作成されたものであって、カリフォルニア州法に基いて作成されたものではない。

そして、右の一七八二条b項は、捜査共助につき、アメリカ国内にいる者に対し、外国の裁判手続に使用するために本人が受入れる方法により何人に対しても任意に証言をし、又は供述書を提出することを許容し、また、一七四六条は、本人が偽証罪の制裁の下で供述が真実であることを誓う旨を記載して署名した供述書は証拠上宣誓供述書と同様の効力を有することを規定している。

そこで、右の宣誓供述書の作成経過をみると、Dは、虚偽の供述をすれば偽証罪に問われる虞があることを告げられてそのことを認識しながら、アメリカ側の二名の捜査官及び日本の検察官の質問に対して任意に供述し、日本の検察官が供述を聞き取って記載した書面の内容を自ら確認し、公証人の面前でそれを読んだ上、末尾に「うそを言えば偽証罪で処罰される事を承知の上で上記が真実であると正しいことを言明します」と自ら記載し、署名したのであるから、その供述書は、合衆国法典上宣誓供述書と同様の効力をもつ適法なものというべきである。

2  供述の任意性

所論は、Dは黙秘権を告知されず、偽証罪の制裁の下に供述をせざるを得なかったのであるから、その供述は強制によるものというべきであると主張する。

しかしながら、原審証人千田恵介の証言によると、事情聴取を始める前にアメリカの捜査官であるジミー・サコダからDに黙秘権を告げられたことが明らかに認められる。また、偽証罪の制裁の下に行う供述が強制によるものということはできず、その他Dの供述の任意性に疑いを生じさせる証跡は認められない。

3  Dに対する刑事免責

所論は、Dが捜査官から黙秘権を告知されておらず、供述書作成後も逮捕されずに日本に入国していることからすると、日米捜査当局により同人に刑事免責が付与されていた疑いが強いと主張する。

しかしながら、原審証人千田恵介の証言によると、すでに判示したとおり事情聴取を始める前にDに黙秘権が告げられたことが明らかであり、また、Dに対し刑事免責を付与した事実のないことが明らかである。さらに、Dに対しては当時既に逮捕状が出ており、当審証人松島暁の証言によると、D自身現在でも日本で逮捕されることがあり得るとの認識を持っていることが認められる。そうすると、Dに対し刑事免責が付与されていた事実のないことは明らかというべきである。

4  Dの供述の特信性

所論は、Dに対しては当初から反対尋問の機会が予定されていなかったこと、アメリカ合衆国の公証人制度が日本のそれとは異なり社会的評価が低く、公証人の関与が書面の信用性を高めることにはならないこと、その証拠能力を認めることは刑事免責を与えて得られた供述を録取した書面の証拠能力を否定した最高裁判決(最高裁平成七年二月二二日大法廷判決・刑集四九巻二号一頁)の趣旨に反することからすれば、Dの宣誓供述書には刑訴法三二一条一項三号所定の特信性は認められないと主張する。

しかしながら、刑訴法三二一条一項三号は、反対尋問の機会が与えられない供述書であっても所定の要件を充たせば証拠能力が認められると規定している。そして、本件の供述書の内容は、先に事実誤認の論旨に対する判断で示したとおり、動かし難い証拠と照応しているばかりか、自分に不利益な事実を率直に述べており、極めて信用性は高い。しかも、後にBの弁護人や当審の弁護人により事実上反対尋問に替わる質問を受け、その際の供述が供述書として同じ規定により証拠として採用されているが、その結果に照らしても、宣誓供述書の供述の信用性は少しも揺らいでいない。また、所論が指摘する最高裁判例は、刑事免責を付与した上での供述についてのものであって、事案を異にしている。原審がこの供述書の供述に特信性を認めたことに誤りはない。

5  結論

その余の所論を検討しても、Dの宣誓供述書の証拠能力を否定すべき理由を見出すことはできない。

三  コカインの付着したストロー

所論は、B宅の第一次捜索(平成五年八月一一日実施)において発見されたストローは比較的早い時点で発見されていたのに、捜査官がこれを重視せず、Bが大麻所持の現行犯で逮捕されるまで押収しなかったことや、捜査官が提出したストローの写真に白い粉末の付着が写っていないことからすると、発見された当初のストローにはコカインが付着していなかったと認められるのに、コカインが付着していたのは捜査官が証拠を捏造したものと考えるべきであるから、このストローには証拠能力がないと主張する。

しかしながら、関係証拠を検討しても、捜査官が証拠を捏造した疑いはない。すなわち、ストローを発見した捜査官がこれを直ちに押収しなかったのは、その時点では白い粉末がコカインであると気付かなかったためであると考えるのが相当であり、ストローの写真にコカインが写っていないのも、非常に微量にすぎない粉末が写真に写らないのはむしろ自然であり、他に証拠の捏造を疑わせる根拠は存在しない。

四  コカインの付着したスパイスミル及び茶色小瓶

所論は、B宅の第二次捜索(平成五年九月四日実施)においてスパイスミル及び茶色小瓶が発見されたとされる場所は、第一次捜索の時にも捜索された場所であること、その場所は人目につきやすく、発見が困難であったとは考えられないこと、Bが茶色小瓶を自分の物と認めたという原判決の認定は誤りであることからすると、これらの物は第一次捜索の際にはB宅に存在しなかったと認めるのが相当であって、捜査官が後にこれらを捏造したと考えるほかないから、それらの証拠能力は否定すべきであると主張する。

しかしながら、これらの物は当時コカイン等の薬物と関連づけるのが困難なものであったと認められるから、第一次捜索時に捜索した捜査官が見逃してしまったとしても不自然であるといえない。また、Bの原審証言を子細に検討しても、Bが茶色小瓶を自分の物であると認めていると解した原判決の認定に誤りはない。いわんや、捜査官がこれらの証拠を捏造したと疑うべき証跡は全く存在しない。

五  被告人の毛髪の鑑定書

所論は、体内に摂取されたコカインが毛根から毛髪に取り込まれるメカニズムが科学的に解明されていないこと、本件鑑定に当たった井上尭子が再鑑定のために必要であった被告人の毛髪を意図的に全部費消してしまったこと、被告人から採取された毛髪が何者かの毛髪とすり替えられて鑑定された疑いが強いことからすると、本件鑑定書には証拠能力がないと主張するのである。

しかしながら、関係証拠によると、コカインをある程度常用した者の毛髪からコカインが検出されることは既に世界的に確立した見解であり、人体実験が行われていないためにどの程度のコカインを使用すれば毛髪にコカインが摂取されるようになるのか、コカイン使用後どの程度の期間毛髪からコカイン摂取の反応が出るのかという問題については定見がないというにすぎないから、鑑定資料である被告人の毛髪からコカインが検出されたという結論には十分な科学的裏付けがあるというべきである。また、鑑定人は、毛髪内の薬物分布による薬物摂取時期を推定するためにこれを全部費消したのであって、意図的に再鑑定の機会を奪うためにそうしたわけではないから、このことが本件鑑定書の証拠能力に影響を与えるものとはいえない。更に、毛髪がすり替えられた可能性についてみると、関係証拠によれば、被告人の毛髪が採取されたのは平成五年九月一二日で、それが鑑定のために警察庁科学警察研究所に持込まれたのは翌一三日であって、その期間が短い上、その間に捜査官が被告人の毛髪をすり替えたことを疑うに足りる徴候は全く存在しないのであるから、その可能性も否定するのが合理的である。

第四  控訴に対する結論

以上の次第であって、論旨はいずれも理由がないので、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項本文により被告人にこれを全部負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 井上弘通 裁判官 杉山愼治)

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